大切な宝物・・・あれから17年・・・。

ハバダッシェリーでは、1月17日をもって「冬物セール」を終了いたします。
18日は、お休みを頂き19日からは、春物で皆様のご来店をお待ちしております。


ハバダッシェリー・パンダ・山本です。
その頃のハバダを知っておられる方もいらっしゃいますが・・・
1993年9月3日にハバダッシェリーは開店いたしました。
その年は、米が不作で「ブレンド米」−と言うクレージーなお米が流通していた年です。
開店当日から超超忙しくって沢山のお客様に来ていただき・・・TV番組や雑誌等の
取材を毎月のように受けていました。


当時の僕は、20代でまだ「自分が自分が・・・」−って時期でしたので毎日毎日店に
立ち閉店後倉庫へ・・・商品追加をして体力が限界なので夜(−って言うか朝方)運
転して帰宅するのに自身もなくスーパー銭湯で爆睡し、朝になると店へ・・・値段を
つけてオープン。。。必死でミンナに対して笑顔で居られるように努力してました。

オープン当時70KGあった体重は、1年数ヶ月で56KGまで落ちて今その頃の写
真をみると「ガイコツ」のような風貌でぎこちない笑顔を見せていました。


忙しさのおかげもあり、94年11月には、2号店「クララ」をオープン。
更に忙しくなって・・・寝てないのに意味不明に寝ずに飲みに行ったり・・・多分、
どこかで強度なストレスを感じていたのでしょう。朝起きても足がいう事聞かずに立
てない事や自分が今何を言っているか判らない状態になったり、いよいよヤバイな
あ・・・−と感じていました。


そんな時期・・・
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒、阪神大震災が起きました。
店舗は、2件とも全壊。折角、必死で作り上げてきた物が全部なくなりました。
ただ・・・僕に関しては、「これで自分のせいではなく休める。。。」と感じたこと
を憶えています。



余震が続く中、スタッフも居るので必死で明るく強がって店の片付けをしてこの写真
の張り紙をして帰りました。


次の日も片付けの為、店に行くと店の前に牛乳が置かれてあり置手紙が・・・
「頑張ってください」との内容だったと思います。
次の日は、お花の咲いた植木鉢が・・・
「この花も頑張って咲いています。またお花を咲かせましょう!」だったと思います。

次の日も次の日も・・・会いに来てくれる方やお手紙を毎日毎日頂きました。
片付けも終わり数日間お店に行かなかった時に会いに来てくださった方が張り紙に
メッセージを残してくれていました。
その日は、一人だったので・・・何もなくなって崩れかけているお店に入って泣きました。

必死で作って必死で育てたつもりの僕のお店がグシャグシャになって・・・悲しかっ
たのも・・・多分ありましたがそれよりも「自分が自分が・・・」−としか考えてい
なかった僕にこんなに沢山の人が応援してくれていたんだーと思えました。


この応援してくれる人が1人も居なくなるまでは、お店をしなければ・・・と思いま
した。
古着屋しか能がなく、アホでマヌケでろくな奴じゃない僕を・・・ハバダを心配して
くれる人が居る限りお店を続けようと思いました。


あれから17年・・・その気持ちは、今も変わらず、もしハバダッシェリーを応援して
くれる人が最後の1人になっても借金しても絶対絶対お店を続けたいと思っています。



1995年1月17日は、全力で作ったお店2軒を一瞬で壊し、先の見えない失業者になった日でもありました。

ハバダッシェリーは、あの頃も今も応援してくれるお客様が居てくれたからここまで
来られました。自分がハバダッシェリーを育てているのではなくお客様がハバダッ
シェリーを含む僕たちを育ててくれていたのです。


あの地震は、支えられているアリガタミーを教えてくれました。
沢山の周りの方々がお亡くなりになり、凄く悲しいなのですが・・・。
それでも、あの日が悲しい日であると共に支えて頂いている喜びも教えてくれた日です。


お手紙くれたお客様、お花をくれたお客様、京都から様子を見に来てくださったお客
様、ハバダには、元気な顔で行きたいーと避難所からお洒落してハイヒールで歩いて
きてくださったお客様、何故かイカナゴの釘煮を大量に置いて行って下さったお客
様、牛乳をくれたお客様、もっともっと・・・書ききれない程のお客様が支えてくだ
さって今があります。


あの日をこえて、自分達は生きて、みんなに支えられて今・・・今日来てくださった
お客様に当時よりいい笑顔で接していけていると思います。
開店18年と数ヶ月・・・延べ何十万人の方がハバダを見てくれて支えてくださったお
かげで古着バカな僕たちも何とかここまで来ました。
今日も楽しく生かせて貰っているのは、皆さんのおかげです。
そしてアホみたいに真面目で本気で世界一熱い思いのスタッフ達のおかげです。
本当に本当にありがとうございます!!


最後に地震で生き埋めになったお客様や彼女が被災されて亡くなり後を追って自分の
命を絶ってしまったお客様など・・・亡くなって2度とお会いできないお客様もイッパイ居ます。
ご冥福をお祈りします。


毎年1月17日は、こんなブログになってしまいますが・・・
やはり忘れられない日なので・・・お許し下さい。