地震の記憶

神戸の古着屋haberdashery(ハバダッシェリー)のスタッフブログです。


マイです。


地震津波、火事、爆発。。テレビで流れる映像がいつまでたっても現実に今おきているモノと一致しない。


だけど阪神大震災の時の怖くて仕方なかった記憶の部分がどんどんよみがえってきた。


いつの間にか炊き出しをもらえるようになってからとか、物資をもらえるようになってからとか、その後の記憶しかあまりなくなっていた。


当時、住んでいた家はひどい揺れと共に半壊になり、家の中はぐちゃぐちゃになった。


とりあえず車に乗り込み、家の近くにあった大きく景色が見渡せる公園にいき、燃え盛るひどい光景を泣きながら、祈りながらみた。夢であることをホントに信じたかった。


破壊された世界の中で、地震が何なのかも当時あまり理解できなかった。


車の中から窓の外を見ても、ずっと真っ赤なサイレンの光と激しく耳に残る音だけしかないような気がしてホントに怖かった。


私には幸い家族が側にいてくれたし、まだ私は小学三年生で、親に守ってもらうばっかりの立場だったから、恐怖はきっと今感じるよりは全然軽いモノだったのかもしれない。それでも怖くて仕方なかった。


余震がくるたび沢山泣いた。早くこの現実が終わって欲しかった。


水も食料も賞味期限をすぎていてもみんな必死に今を生きぬくためにあいてるお店を見つけては並んで買っていた。


お父さんも私達のために水や食料を集めてくれた。泣きながら食べたチーズが喉をなかなか通らなかったのを覚えている。


今この東日本の地震によって被害を受けている地域の方々に、私達が何をできるだろう。


あの時何を望んだだろう。


今すぐできることは実際には少ないかもしれないけど、しっかり向き合いたい。